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なつのまもの
M県は東北に位置しているというのに、最近のこの暑さは異常である。
私は生き延びるためにエアコンを稼働させ、ノースリーブにショートパンツというだらしのない格好をしている。不可抗力だ。
自宅で過ごしているだけなので誰にも見られることもない。快適さこそが第一優先なのだ。
こうも暑いと料理をするだけで汗をかいてしまう。一人暮らしのアパートの台所は狭く、コンロの熱なんて直撃だ。
お昼ご飯を食べる前に、シャワーでも浴びてサッパリしよう。私はバスタオルを持って浴室へと向かった。
軽く汗を流してタオルで身体を拭いていたら、玄関の方からチャイムの音がする。
今日は宅配物が届く日ではないし、誰が訪ねてきたのだろう。
不思議に思いながらインターフォンに出ると、モニター越しに見えたのは歩いて三分くらいの近所に住む高校生の、東方仗助くんだった。
「熱中症で倒れてないか見てこいって、おふくろが」
朋子さんは教師というだけあって、細やかな気配りができる人だ。手土産にアイスキャンディまで持たせてくれたらしい。神様だ。
せっかくだから一緒に食べようと仗助くんを誘うと、彼の目は一瞬宙を泳いだ。
確かに、シャワーを終えたばかりの濡れた髪に、ノースリーブとショートパンツというラフなルームウェアは良くなかったかもしれない。
しかし仗助くんとは長い付き合い。姉妹みたいなものだ。
このくらいの格好なんて、私も仗助くんも慣れっこなのである。
「早くしないと、朋子さんからのアイスが溶けちゃうよ。さあ」
仗助くんの手を引いて家へと上げるも、彼はどこか不満そうな顔をしている。
そんなに私の家に上がり込むのが嫌だったのだろうか。
無言で円卓に座る仗助くんに麦茶を差し出せば、ゴクゴクと勢いよく飲み干してしまった。
さっきからムスッとしていたのは、喉がカラカラだったからかもしれない。想定外の暑さだ。無理もない。
私は朋子さんが差し入れにくれたアイスキャンディを物色した。
シャワーの水分を含んだポニーテールが揺れる。この暑さなら、髪の毛もすぐに乾くだろう。
バニラ味のアイスクリームを選び、口に咥える。ひんやりとした清涼感が気持ち良い。
「仗助くんも食べたら」
棒状のアイスをひと舐めしてから話しかけると、そこには、耳まで真っ赤にした仗助くんがいた。
「アンタさァ〜、一人暮らしのくせに、そんな簡単に男を家にあげちゃうんスか?」
「いやいや、仗助くんだからだよ」
そう返答しても仗助くんは納得できなかったらしく、溜め息を深々と吐いている。
私だって、知らない人を家に上げるほどバカではない。弟みたいな仗助くんだから、安心して家に招いているのだ。
「いつまでも子ども扱いしないでほしいんスよね」
自慢のリーゼントが崩れるのも構わず、彼は頭を掻いた。
急に仗助くんの顔が近付いてきたと思ったら、そのまま床に押し倒される。いつの間にこんなに力強くなったのだろう。
仗助くんの瞳は、ギラギラと揺れている。
あれ、私。こんな仗助くんのこと、知らない。
「おれだって男なんだってこと、ちょっとは自覚してほしいぜ……。そんな格好でウロウロされて、平気だと思ってんのかよ」
私の知らない間に、仗助くんは「弟」から「男の子」になっていたようだ。
改めて見ると、腕なんか私の何倍もガッシリしているし、背中だってずいぶんと広い。
もしかして……いや、もしかしなくても、仗助くんは私のことを異性として認識している?
「仗助くん」
「なんスか」
「……高校卒業したら、考えてあげる」
名前を呼んでから、彼の耳元で囁く。そうしたらやっと、仗助くんは床から私を開放した。
手元で頼りなく揺れていたアイスが床に溢れなくて良かった、とボンヤリ思う。
気を取り直し、二人並んでアイスキャンディを食べる。今はまだ、この距離感が心地良い。
「さっきおれへの言葉、信じてるんで」
覚悟しておいてくださいね、と仗助くんの顔から不敵な笑みが溢れた。
こんな色っぽい仗助くん、初めてだ。
さっきまで私が彼を振り回していたと思っていたのに、今は私が仗助くんにドキドキしっぱなしである。
アイスを食べてすっかり冷えた気になっていたのに、身体がまた熱を帯びていた。
2019/5/25 初出
2020/12/13 加筆・修正