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コウフク宣言

 露伴先生に「話がある」と言われ、カフェ・ドゥ・マゴに連れてこられた。あの岸辺露伴から話があるなんて嫌な予感しかしなかったが、それはどうやら的中のようだ。

「バカだとは思っていたが、キミのバカさは想像以上だった」

 深く溜め息を吐く露伴先生は、どうやら仗助くんをスタンドで本にしてしまったらしい。最悪だ。

 よりによって一番知られたくない相手に、こんなにもあっさりとバレてしまうだなんで。

「僕だって大人だ。キミが誰と付き合おうがどうでもいいと思っていたさ。でもこれは見過ごせないなァ。仗助だぞ? クソッタレ仗助。気は確かなのか?」

 確かも何も、仗助くんはとびっきりに格好良い。高校でもたくさんラブレターを貰っているようだし、背も高いし、外国人みたいなハッキリした目鼻立ちなんかは、さながらモデルのようだ。あんな男の子から告白されて断る人間なんか、この世にいないだろうと思ってしまう。

「否定しないということは、本気で付き合っているんだな……。世間の目ってものを知らないのか? 相手は年下、高校生だぞ」

 そう。私は成人していて、仗助くんは高校生。

 告白された時は、私だって冗談なんじゃあないかと疑ったものだ。

 仗助くんなら歳の近い女の子だって引く手数多なはずなのに、私なんかと恋人になろうとするなんて。青春時代の無駄遣いなのではという気がしていた。

 しかしそのことを本人に伝えたら、「俺は純愛タイプなんで年の差とか気にしないんスよ」と爽やかに言われてしまい、陥落したのである。

 私によく懐いてくる姿は、大型犬が尻尾をブンブン振っているところと重なって見えた。仗助くんは犬じゃあないけれど。

「あれ? こんなところで何してるんスか?」

 テラス席で話し込んでいた私たちが悪い。学校帰りの仗助くんと億泰くん、それから康一くんに見つかってしまった。

 露伴先生と私の距離は、彼が詰め寄ってきたせいで目と鼻の先。肩をグイッと押され、先生から引き剥がされる。もちろん、仗助くんの仕業だ。

「相手が露伴だろーが誰だろーが、男とそんな近くで仲良さそうに話されたら妬けますよ。自分が可愛いって自覚ありますか?」

 そんなことを言うキミが可愛いよ! とは口に出せず、黙ってしまう。嫉妬してくれているなんて嬉しいなあ。

 愛されているという実感に、ついつい口角が上がってしまう。

「何ニヤけてんだよ……あのねぇ、おれは必死なの! どんな思いで告白したか、ちゃんと分かってるんスか」

 その場で抱きしめられそうになったので、慌てて回避する。ただでさえ仗助くんは目立つのだ。この場所は人の目が多すぎる。

 あからさまに避けてしまったので、彼にぷうっと膨れられた。可愛い。

「そんな顔しないで……。今度、手作りの夕飯をご馳走してあげるから」

「今度じゃあなくって今日にしまショ。おふくろには晩飯いらないって連絡するんで」

 今日? 今日は私の暮らすアパートが散らかっているし、男子高校生が満足できるほどのお米も用意していない。勘弁してほしい。

 それに心の準備もできていない。仗助くんが家に来るのは、心臓に悪いのだ。

 私といる時は改造制服を脱いで逞しい腕を見せつけてくるし、ピッチリ整えられたリーゼントだって影を潜めている。仗助くんがうざったそうに前髪を掻き上げる仕草は、高校生とは思えないほどセクシーなのだ。

「今ちょっと部屋が汚いから、また今度ね」

「ヤだなあ。部屋が汚いくらいで幻滅なんてしねーよ。おれにはちこっとくらい隙を見せてくれたっていいじゃあないっスか」

 どんな姿も好きっスよ、なんて耳元で言われてしまい、頬に熱が集まるのが分かる。すると仗助くんとは違う声で、コホンと咳払いする音が聞こえた。

「……どうでもいいが、僕たちがいることを忘れてやいないか」

 苦虫を噛みつぶしたような露伴先生の顔を見て、ますます身体の体温が上昇する。ちょっと前までは周囲の視線を気にしていたはずなのに、仗助くんといるとペースを乱されてしまう。

「露伴たちがいるから見せつけてるんだよ」

 ボソッと呟く年下の男の子に、胸が締め付けられる。ああもう! 敵わないなあ。

「晩飯は肉じゃががいいな〜」

 また大型犬のようになってしまった仗助くんは、見えない尻尾をブンブン振りながら私の手を引いて、カフェを後にする。どこで買ったのだろう、少しだけ、甘い香水の匂いがした。

 スーパーで一緒に食材を選べば「何だか新婚サンみたいっスね」なんて照れるから、私まで意識してしまうではないか。

「露伴とどんなこと話してたんだよ」

「んー? 年の差のこととか、かなあ」

 私じゃあ仗助くんには年上すぎるからね、と付け加えたら、「じゃあ露伴は結婚式には呼んでやんねー」と拗ねる仗助くん。

 結婚式って……! 爆弾発言にも程がある。

 それでも「仗助くんはタキシードも最高に似合うんだろうな」と思ってしまうのは、惚れた弱みなんだろう。

 高校生に振り回される生活は、なんだかんだ悪くない。

 

 

 

2019/5/18 初出

​2020/12/13 加筆・修正

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