Unofficial Dream Site
花嫁は
マリッジブルー
「ちょっと露伴先生! 居留守なんて使っていないで開けてくださいよ!!」
玄関が騒がしい。この時間に来るのはセールスか面倒な編集者だろうと思い無視を続けていたら、下からキーキーとヒステリックな女の声が聞こえる。
あれはどうせ、アホの仗助の彼女だ。……今はまだ、彼女。
仗助なんかと交際している段階で僕の理解できる人間ではないのだが、アイツはなんと入籍をするという。
相手? 考えたくもないが、仗助だ。気は確かなのだろうか。
余りにうるさいと近所迷惑になる。それに仗助の彼女を追い返したとなると、悔しいが康一くんから僕への信頼に傷もつきかねない。それは断固拒否だ! 僕は根っからの善人なので、騒がしい女を家の中へ入れてやることにした。
大変徳を積んでしまったので、サマージャンボ宝くじの当選金額が凄いことになるだろうなァ。
「……で? そんなこの世の終わりみたいな顔して、どうしたっていうんだよ」
夜に泣きじゃくったのだろう、彼女の目蓋は腫れ上がっており、目の下には絵具で塗りたくったのかと疑いたくなるような隈が居座っている。勘弁してくれ。
「露伴先生……。わたし、仗助くんに相応しいお嫁さんになれるでしょうか」
コイツ! 何を言い出すかと思えば単なるマリッジブルーじゃあないか! 馬鹿馬鹿しい。漫画のネタにもなりはしない。
大体、コイツは挙式の日がいつか忘れたのか? 明後日だぞ、明後日!
式に招待された僕だってもう、色々と参列に向けた準備は済ませたんだ。主役が今更悩んでどうするんだ。
「な、なんですかその目! わたしのこと馬鹿にしてますよね? しょーもない相談事を持ち込みやがって……とか思ってるんでしょ!」
ワーワーと文句を垂れ出した彼女を見て、考える。仗助がああだから、選んだ女まで似たようなタイプになってしまうのだろうか。
「で? そのしょーもない相談事を、僕なんかに言ってどうするんだ」
彼女はわざとらしく大きな溜め息を吐き、「だって……」と僕を睨む。
まったく……。コレは話を聞いてもらう立場の人間がやる態度じゃあないぞ?!
「だってもうすぐ、わたしの名字、『東方』になるんですよ?! 重圧が……!」
「仗助と同じ名字になることが、どうしてそこまでのプレッシャーなんだ」
名門の家柄に嫁ぐならまだしも、東方仗助の家はごく一般的な家庭だ。アイツの父は名だたる不動産王だが、別に一緒に暮らす訳でもない。旦那になる仗助はあんなだし、仗助の母親だって、嫁をいびりそうな性格などしていないじゃあないか。
「仗助くんが家族を大切にする人だってことは、露伴先生も知ってますよね。わたし、嫁いだら、とってもとっても優しくしてもらえると思うんです。仗助くんにも、朋子さんにも」
「じゃあ何も問題なんてないだろう」
僕には彼女が夜通し泣いたり、隈を作ったりする理由が分からない。しかし目の前の女は、問題大アリだと主張してくる。
「大切にしてくれるんですよ? 私なんかのこと、大切にしてくれるんです。仗助くんや朋子さんが。……良いのかなァって。その優しさを、ちゃんと二人に返せるのかなァって。折角、仗助くんの誕生日に式を挙げるのに……」
アホか。まあキミは、ヘブンズ・ドアーで仗助を本にしたこともないから、分からないのかもしれないな。
僕は最近、アイツを本にして読んでみたんだ。挙式を間近に控える新郎の気持ちを知るのは、今後の僕の漫画制作のヒントになるかもしれないからだ。
仗助のページにはビッシリと、読んでいるこっちが恥ずかしくなるくらいの惚気が書かれていた。
「結婚したら『嫁』なのか『家内』なのか……でも家に入って欲しい訳ではないから、『妻』? 『妻』かァ〜、くすぐったいな! うーん、『母さん』とか? ってオイ! 子どもはまだだ!!」
好きな人と結婚できることに、仗助は喜びを噛みしめまくっているぞ。大好きなんだろうな。惚れた弱みってやつだろう。
そんなものを読まされた僕の気持ちになってみろ! 仗助の幸せの絶頂を読まされたんんだ。正直な話、ムカッ腹が立ったね。
「あのな。僕から言えることは一つだ。優しさってのは返す・返さないとかの話じゃあない。大切な存在だから優しくする。それは自然の原理だろう。そこに貸し借りのような押し付けがましく、打算的な感情はないんだ。そういうのを当たり前にできるのが『家族になる』ってことだと思うけどなァ」
そう。悔しいが、今の僕だってそうなのだ。わざわざ新婦になる女の話を聞いてやっているのは、借りを作りたいからじゃあない。これはただの親切心ってヤツだ。
「そっか」
僕からの有難いお言葉は彼女の胸に響いたらしく、先ほどまでの悲壮感に溢れた表情は消えていた。
「無償の愛ってヤツですね」
「まあ、簡単に言うとそれだな。あと……教えといてやるが、仗助はキミにベタ惚れだぞ。何も心配することはない」
そう告げてやると、「スタンドで読んだんですか」なんて睨んでくる。これくらい良いだろう? 僕はマリッジブルーの花嫁を救ってやったんだぞ。
見返りを求めない無償の愛。真実の愛じゃあないか。
仗助に対してそんな感情を抱いているのは不思議でしかないが、誰かを愛し、愛されることは幸せなことだと僕だって思うさ。美しいことだ。ちょっとクサいけどな。
せっかくこの僕が式に参列するんだ。幸せになってもらわないと困る。
しかしヘブンズ・ドアーでそんなことを書くのは癪なので、僕は彼女のページに「泣き腫らした目と隈がキレイさっぱり消える」とだけ書き加えておいた。
僕がインスピレーションを受けてしまうくらいの、素晴らしい結婚式にしてくれよ。
2019/6/18 初出
2020/12/11 加筆・修正