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チョコレートを食べないキミへ
放課後のチャイムが鳴り、私は駆け足で下駄箱へと向かう。急がなければ、隣のクラスの進くんはアメフト部の部室へと消えてしまう。
アメフト 命の硬派な彼にとっては、今日は何でもない365日のうちの1日かもしれない。しかしわたしにとっては、それはそれは、特別な日なのだ。
「進くん!」
上履きを下駄箱へと片付けようとしていた進くんを見つけ、大声で引き止める。2月14日に女子から話し掛けられたらソワソワしたっておかしくないはずなのだが、彼はキョトンと首を傾げていた。
「あの、きょ、今日はバレンタインデーでして! 練習を頑張っている進くんに、応援の意味でチョコレートを渡したいなあと……」
我ながら下手な言い訳である。何が応援のチョコレートだ、白々しい。
私が用意したチョコレートはただ一つ、進くんのためのものしか存在しない。
これは正真正銘び本命チョコであった。
しかし、そのことを悟られるのは恥ずかしすぎる。
そもそも隣のクラスの女が突然チョコレートを渡してくるだなんて、彼からしたら気味が悪いと思われるかもしれない。
「……いつも試合を見に来てくれているだけでもありがたいのに、チョコレートまで」
夕日を浴びた進くんは、なんと紙袋を受け取ってくれた。
その事実だけで胸がいっぱいなのに、どうやら彼は、応援席に座る私のことまで認識してくれていたらしい。
この上なく嬉しい気持ちと、もっと可愛くオメカシをしておけば良かったという後悔が、交互に押し寄せる。
「すまないが、こういうものは食べない主義なんだ」
私が一人でアワアワしていたら、進くんが申し訳なさそうに眉を下げた。
そんな顔をさせたかった訳ではないのに!
彼のことをもっとリサーチしておくべきだったと、私はガックリ項垂れた。
「甘いもの、制限しているんだね。知らなくてごめんなさい。これは忘れて……」
「いや」
進くんが一つ咳払いをした。
「そういうわけにはいかないだろう。せっかくのチョコレートだ」
下校しようという生徒達の視線が集まっていることも気にせず、進くんは包み紙を丁寧に破いていく。中からトリュフチョコレートが現れた。
蓋を開けた進くんは、私の目を真っ直ぐに見つめる。
「お前が食べている姿を見たい」
「……ここで?」
コクリと頷く進くんに逆らうことなどできず、私は自ら作ったチョコレートを口に含んだ。カカオの香りが鼻を抜けていく。
何度も味見をしていたはずのチョコレートなのに、緊張からか味を感じることができなかった。
「うまいか?」
今度は私が黙って頷く。
進くんは私の頭をクシャリと一撫でし、口に付着してしまったチョコレートを親指で拭った。触れられた箇所が、熱い。
「これで、今日の練習は人一倍頑張れそうだ」
フ、と不敵に微笑み、進くんが耳元で囁いた。
そのまま彼は、夕日の中へ溶けていった。
心臓の音がうるさい。
緊張から解放され、私はその場にヘナヘナとしゃがみこんでしまった。
進くんの最後の言葉が、こびりついて離れない。
ホワイトデーは期待しておいてくれって、これって、期待しちゃっても良いんだよね?
2020/2/15 初出
2020/12/10 加筆・修正